このブログに込めた思い

少しでも多くの人に、せどりのことを知ってほしいと思っています。

その理由は、せどりは多くの方の悩みを解決する手段となるからです。

多くの方のに共通する悩み、それはお金です。

お金がなければ生活ができない以上、何をするにしても初めにお金のことを考えます。

例えば、食材を買う時、旅行に行く時、趣味に使う道具を買う時、デートに行く時、恋人のプレゼントを買う時などなど
お金をことを考える機会は、例を上げればキリがないです

時には不安になることもあるでしょう!

例えば、子供の養育費、家族の生活費、老後の資金などなど
こちらも例をあげればキリがないです。

このような問題を解決するのには、稼ぐことが必要になります。

せどりは、インターネットを活用すれば誰でも稼ぐことができる数少ないビジネスです。

少し大げさかもしれないですが、僕もせどりに救われた1人です。

せどりの情報発信をすることでせどりのことを知り、
少しでも、いろいろな人のお金を悩みを解決する手助けになればいいと思っています。

生い立ち

将来のことを何も考えずに生きてきた時代(小学生〜高校生)

小学生のときから、将来のことを真剣に考えている人はそう多くはないと思います。

私もその1人で、親族や学校の先生、近所のおばさんなどに「将来の夢は何?」と聞かれると、

Jリーグが発足したら「プロサッカー選手」と言ったり、ある時は「大工さん」、別の時は「お医者さん」などなど聞かれるたびに変わっていました。

もはや、何を言ったのか覚えていないです!!

この通り周りに流されやすい性格でした。

そんな性格だから近所の人に誘われたという理由だけで、ソフトボールのスポーツ少年団に入りました。

スポーツ少年団は、小学6年生で卒団するのですが、その時に卒業文集を作ります。

卒業文集に夢を書く場所がありました。

そこには、「立派な大人になる」と、

同じ学区の生徒が入っているスポーツ少年団なので、

みんな同じ中学校に行きます。

先輩方は、小中一貫校のように、ソフトボール卒団からの野球部へ入っていました。

ここでも流されやすい性格が、幸いし野球部ではなく、ハンドボール部に入部しました。

えっ?!流されやすいなら野球部じゃないの?と思いますが、僕にハンドボールを進めたのは母親です。

母親の言葉が一番影響されやすいです。

中学では、全国大会に出たりして、そこそこの成績は納めました。

高校受験にもなると、小学校から中学校とは違い、自分で志望校を決めなければなりません。

その時も、将来のことは何も考えず、推薦で入れてそこそこの大学の合格者数の多い高校に行きました。

ハンドボールが強い高校に入って、いい成績を残したという考えのもと決めました。

高校時代は元々の身体能力がトップレベルの人と比べると高くなく、ベンチにいる機会が増えたり、

中学までのスポーツ人生とは打って変わっていました。

この時期は、部活も勉強もダメダメでした。

そんな中、部活を引退し大学受験となりました。

志望を決めたのはかなり直感です。

たまたま新聞で、ゲームについてのカリキュラムがあるのを見つけて、

ゲームプログラマーになろうと思いつき大学を決めました。

これまでの判断は、誘われるかその時の自分の思いつきで、

決めてたところがあります。

稼ぐ必然性を考え始めた大学時代

ゲームプログラマーになりたくて、入ったものの全く勉強はしませんでした。

プログラミングが必修科目になっているので、やってみて楽しいなといった感じでした。

ゲームプログラミングについては、何も触れなかったです。

この時期はいろいろな分野の講義を受けることにより、

興味関心の幅が広がったのは確かです。

経営学入門やゲーム理論、マーケティングなど楽しかったです。

いろいろなことに興味をもったことをきっかけに、ニュースを見たり読んだりしていました。

終身雇用の崩壊や、年金問題、国家予算のことなどのニュースを目の当たりにして、

「自分で稼がなくてはいけないんだ。」「独立して生きていかないいけないんだ。」と考えるようになりました。

「稼ぐためには何が必要なんだろう」とか興味関心の矛先が徐々に稼ぐに向いていきました。

大学卒業後〜せどりで稼ぐまで

「稼ぐためには何が必要なんだろう」という答えはでないまま、

システムエンジニアになりました。

決して大企業ではないですが、リーマンショックの時期の新卒入社の平均年収はもらえる会社でした。

手厚い新人研修を受け、良い上司にも恵まれ、何不自由なく過ごしていました。

このままこの会社で過ごすのかなって思っていた矢先、事態は急展開を向かえます。

人の縁とは不思議なもので、軽貨物で独立してみないかという話しを頂いたのです。

この時は、「独立して自分で稼ぐことに挑戦できる。」

こんなことを考えていました。

地獄の始まりだとは知らずに……………………

軽貨物をやってみましたが大変で事務所などは間借りしていたのですが、

自分で配達して上げた売上のほとんどが経費でなくなったいき、稼ぐどころか、あまりお金が増えていないなんてことが起きました。

それどころか、自ら求人を出していたので、僕のもとで働いている個人事業主のドライバーを何人か抱えていました。

ドライバーから「この現場は嫌いだから別の現場にしてくれ」とか、「担当者が嫌いだから、もう行かない」などなど、

全く言うことを聞いてくれなかったです。

軽貨物は、1ヶ月働いた金額を2ヶ月後の末日に支払います。

ドライバーの中には、この支払いサイトの間に仕事で使うお金を用意できない人も多くいました。

そういう人にお金を貸していたのですが、返されずそのままいなくなる人もいました。

自分のお金がないなか、好き勝手言われ、終いにはお金も返してもらえず、心身ともに疲弊していました。

そんな環境から一刻も早く抜け出したくなり、何かないかと探していました。

そこで出会ったのがせどりです。

1,000円位から始めることもでき、売れた瞬間に利益が確定(軽貨物はオイル交換などメンテナンス代が突然必要になる時がある)することができ、

人を抱える必要もないし、お金を貸すこともない。

売上の振込を2ヶ月待つこともない。

働いてくれている方々(軽貨物ドライバー)のワガママに付き合うこともない。

軽貨物で抱えていた問題の全てを解決してくれたのが、せどりでした。

せどりのみで事業のお金や生活費を賄えるようになり、

無事に軽貨物を辞めました。

独立して、自分で稼ぐを体現できており、

大学時代に「会社にいるだけではダメだ」、「稼げるようにならなければいけない」といったことの全てを、

解決することができました。